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【1】 朝の目覚め

目覚ましの音が、けたたましく鳴り響いています。
ぐっすりと眠りこんでいる最中に、いやおうなく、たたき起こされてしまいました。心も体もまだ眠ったままです。ようやく時計に手が届いて、目覚ましの音を消しました。
でも、まだまだ意識は朦朧としており、体はもっと眠りたいとしきりに叫んでいます。もう一度眠り込んでしまいそうな意識を、無理やりたたき起こして、ようやく目を覚ましました。


こんなに眠たいまま起きてしまった場合、体はどんな状態になっているでしょうか。少なくとも、昨日の疲れがまだ残っていることは確かです。
それではその逆に、一晩ぐっすりと熟睡して、眼覚めた朝はどうでしょうか。もちろん体は快調です。なぜなら、十分な睡眠を取ることによって、昨日までの疲れや肩のこりや、ストレスやいやな思いなどが解消されてしまうからです。

家の掃除にたとえて言うと、次のようになります。
部屋中に散らかっていた紙くずやティッシュや綿ぼこりなどが、全部掃除されて消えてなくなりました。乱雑にちらかっていた、新聞や雑誌もきれいに整頓されました。
まるで誰かが一生懸命掃除してくれた直後のように、部屋中がピカピカに光っています。
どの部屋も大掃除されて、家全体がきれいに片付きました。
体は頭のてっぺんから足の先まで、すみずみまで大掃除され、すっきりと整理整頓されて、体にとって一番いい状態にまで回復しました。 

このように、人間の体には、眠っている間に昼間の疲れが一掃されて、翌朝には、気分のいい快適な状態にまで回復するという仕組みがあります。
このような働きによって、体自身が日々健康に維持されていることが理解できます。
熟睡した休日の朝など、目覚めたまましばらく布団に横たわって、思わず寝覚めを楽しんでいることがあります。

「ぐっすり眠ったなあ、、、」

そんな解放感とともに、昨夜まで何となく気になっていた腰のはりや、肩のこりなどが取れて、全身がまるで焼き立てのパンのように、ふかふかと気持ちよく蘇っています。
ぐっすり熟睡するとは、少々の地震や雷鳴があったことなどまったく覚えていないくらいに、体と心の芯から眠り呆ける、眠りこけることを意味します。
ぐっすり眠ったか、それとも睡眠が浅いかは、自分自身にとっての自覚的な判断ですから、自分だけにしか分かりません。
ただ熟睡した朝の顔は、どこかゆったりとしており、円満な顔立ちに戻っています。

眠たいまま無理に起きてしまえば、掃除の真っ最中に掃除が中断されてしまい、ほこりだらけのまま散らかったまま、眠たい眼をこすりながら起床することになります。
この状態は決して病気ではありません。けれども体にとって最良の状態ではないことも確かです。もっともっと必要な体のメンテナンスが完全に終わらないうちに、体を放り出したままの状態です。

このような中途半端な状態だと、会社に出かける時にもまだ眠たかったり、肩がはっていたり、肌が荒れていたり、頭が重かったり、何となくぼんやりとしています。生理が不順であったり、アトピーなどが悪化したりしています。心も何となくすっきりしません。
通勤電車の中でもう一度ひと眠りしたり、会社に向かう途中で、気持を奮い立たさなければなりません。

このように観察してくると、熟睡することによって、知らず知らずのうちに、人間は体調、そして心の状態を万全に調えていることが分かります。
目には見えないけれども、睡眠にはこのような大切な働きがあります。疲れが取れるだけではなく、引きかけていた風邪や軽い鼻風邪であれば、一晩ぐっすり眠るだけで治ったりします。
このような効果があるために、一昔前までは、このような効力を自然治癒力(しぜんちゆりょく)と呼んでいました。

現代医学にはこのような用語はありません。自然治癒力が、現代医学的な手法によって、ホルモンなどのように一つの物質として単離され、その存在が証明されたわけではありません。その意味では現代医学的に認めることができないことも、十分に納得できます。

しかしそれはそれとして、あくまでも一つの考え方ですから、体に関わる大切な文化の一つとして、自然治癒力という考えが、人々の考え方の中に存在していても決しておかしいことではありません。
現代科学によって証明されれば、なおのことその価値が高まるでしょう。しかし、証明されないからと言って、すぐにすべてを捨て去ってしまえばいいというものでもありません。

自然治癒力を、このようにはっきりと齎してくれる睡眠という働きは、体自身を健康に維持するための、基本的な体の仕組みであると捉えることができます。
体だけではありません。いやな思いや記憶が消えたり、ストレスなども軽減します。
どうしても消えない思いのために、一晩中悶々として眠れない。そんな不愉快な思いや嫌な人物の顔も、ぐっすり熟睡するだけで消えていってしまいます。

このように熟睡という生理機能は、体だけではなく、心にとっても心の健康を回復する、大切な仕組みであることがよく分かります。
熟睡によって心身が最良の状態に調うため、目が覚めたときに感じる、体と心の感覚が最良の体調を表しています。
このように考えると、自分自身で実感する熟睡感が、健康上の、自分自身の基準となる基本的な感覚です。
もう少し広く表現すれば、熟睡して目覚めた朝の心身の実感は、自分自身の生存の基本感覚です。
熟睡すれば体の快適な感覚とともに、心もどこか満たされて穏やかです。


朝の目覚めは、一日の体調のバロメータです。
今朝の目覚めはいかがでしたか。

→朝の目覚め・2へ

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→朝の目覚めより・1

漢方では不眠に対して、酸棗仁湯(さんそうにん・とう)という漢方薬(かんぽうやく)が使われることがあります。
酸棗仁とはナツメの種子のことです。

自然界には人間の体にとって、有用な植物や鉱物などがあり、昔から数多く知られています。大昔の人類は、文字通り大自然の真っ只中に生存していたため、このような経験的な知識がいつのまにかしだいに集まっていったのでしょう。

熱が出て下痢をしているときは、あそこの林に生えている、木の根っこや黄色い木の皮がいい。
咳にはあの甘酸っぱい実の種や、庭に咲いている紫色の花の根がきく。
ちょっと眠りにくいときには、別の木の実の種子がいいようだ。

日々の生活の中で、いろいろな経験が積み重ねられていきました。動物性のものや鉱物性のものもあります。
その時々の断片的な経験を記憶していくうちに、しだいにまとまった知識にまで高められていきました。これらの知識は少しずつ増えていき、口伝えに伝えられていきました。
自然のうちに、原始的な医療行為に移行していったことが容易に想像されます。

現在漢方薬と呼ばれている薬は、植物を中心とする、このような天然の物質を組み合わせたものです。体の具合が悪いときのために、体にいい効果をもたらす各種の物質を、何種類かずつある一定の割合でブレンドしたものです。

体にとって薬の役目を果たす天然界に存在する物質を、生薬(しょうやく)と呼んでいます。漢方薬は、このような生薬をいろいろと組み合わせたものです。ですから生薬の組み合わせ方によって、漢方薬の効き目や効き方が異なってきます。

その結果、効能の違う何種類もの漢方薬が今日まで伝えられています。

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【2】 朝食を取る

朝、目が覚めて起床すれば、顔を洗ったり、歯を磨いたりした後、家から出かける前に、何はともあれ朝食を取ります。
起き抜けのせいか、食欲がないときもありますが、トーストにハムエッグやミルク、あるいは和食党であれば、味噌汁に納豆、卵焼きなど、それぞれ腹ごしらえをして出掛けます。
朝食抜きの人達も多いと聞きますが、いずれにしても、一日を過ごすためには、その分の腹ごしらえが必要となります。


「腹が減っては戦はできぬ」

昔の人は言いました。
戦国時代には、戦に出陣する前にはしっかりと食事をとりました。
歴史を語るまでもなく、現在のように食糧事情が良かったわけではありません。常日頃から、お腹をすかしていたことでしょう。その分、食べ物の本当のおいしさや有難さを、文字通り噛みしめて食べたことが想像されます。

一杯の清水に命が蘇り、無我夢中でかきこんだ湯漬け(お湯をかけたご飯)に、生きる力が湧き上がる。
現代では、少なくともふつうの日本人にとって、のどがカラカラに乾く、お腹が空いて空いて、毎日お腹がグウグウ鳴っているなどということは、よほどのことがない限り滅多にあることではありません。その意味では、ほんとうの空腹感や食欲という、より本能的かつ素朴な快適な感覚を失ってしまったとも言えます。

人はなぜ食べるのでしょうか。

おいしいだけではなく、食べたり飲んだりした物から、一日に必要な力を得ているからです。
誰でもが知っていることです。
一日、働いたり、学んだり、遊んだりするためには、そのための力、現在でいうエネルギーが必要です。飲食という行為によって、このエネルギーを得ています。

朝は一日の始まりであり、一日の行動の始まりに当たって、まず朝食を取ります。一日にいつ何回食べなければならないかということに、決まりはないようです。
はっきりしていることは、お腹が空いたら、「腹が減った」と、パンクしたタイヤのように、急に力が抜けて座り込んでしまうことです。

食べ物は、車でいえばガソリンに当たります。動いたり走ったりすれば、食べた物も体内で消費されるため、ガソリンを給油するように、適宜飲んだり食べたりしなければなりません。
何よりも食べたら元気が出てきます。

現代の日本は飽食の時代ですから、朝食を抜いたくらいで動けない人などまずいないでしょう。むしろ、摂取カロリーを少しでも抑えるために、朝食抜きの人も珍しくはありません。その反面で、朝の食事が一番大切という説もあります。

→朝食を取る・2へ

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→朝食を取る・1

口から入った飲食物は、食道を通って胃袋に納まり、胃の蠕動運動で消化を受けながら、十二指腸に送られます。小腸の運動には、分節運動や蠕動運動などの各種の運動が知られています。
蠕動運動とは、小腸を輪状に走っている筋肉が収縮して、そのくびれが肛門に向かって移動する運動です。どの運動も、とても細やかで繊細な動きです。

小腸の始まりである十二指腸には、膵液と胆汁が分泌されます。膵液は膵臓から、胆汁は肝臓で作られて胆嚢から、十二指腸に向かって分泌され、消化吸収に関連する各種の消化液として働きます。

十二指腸に続く空腸で、摂取された飲食物の大半が消化吸収されます。
吸収されずに前方に向かって送られていく飲食物も、必要に応じて吸収され、最終的に不要となった残渣だけが、便として体外に排泄されます。

古代医学である漢方では、摂取された飲食物が小腸で消化吸収を受ける過程で、気(き)と呼ばれているエネルギー(気エネルギー)が発生し、経絡(けいらく)という気の流路によって全身に送られると考えました。
胃腸に留まらず、消化吸収に関わるすべての器官、消化器官群を脾(ひ。現代の脾臓とは異なる)と総称しました。
脾は狭義には膵臓をさしますが、このように広く解釈することによって、体の仕組みが一層明確になります。

お腹が空いたら食べて、喉が渇いたら水や飲み物を飲む。
当たり前のことですが、人体の仕組みの基本です。

このような当たり前の生理現象を、体の基本となる仕組みとして把握し、これらを発展させることによって、漢方という古代医学が誕生しました。

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【3】 便通は体調のバロメータ - 体は“空(から)だ”

体は「からだ」と読みます。
体にとっては、「からだ、つまり”空だ”。」
体自身にとって理想的な状態とは、体の内部が空っぽの状態です。

口から入って来た食べ物飲み物は、昼間の活動によって使われ、その過程で生じた不要な物質は、夜中に排泄物としてまとめられて、翌朝、体の外に全部出してしまいます。 
朝に限りませんが、トイレに行くことは、体にとって不可欠のことです。体内に不要な物質を、溜め込んでおくことはできません。
体自身が正常に働くためには、いらなくなった物質のすべてを絶えず排泄して、その内部環境をある一定の範囲に、いつもキープしておく必要があります。
家屋で言えば、毎日怠ることなく掃除や整理整頓を行い、快適な住環境を確保しておきたいものです。


いつものことなので、あまり気にすることもありませんが、便通がすっきりとつけば、気分は爽快です。

毎日が忙しくて、なかなか一息つく余裕がない
だいぶハードなエクササイズを始めた
このところストレスばかりで緊張の連続だ
途中で何回も目が覚めて、良く眠れなかった
寝る時間がとても遅かった

こんな朝は、一般に便が切れ切れであったり硬かったりして、便通が今一つ、といったことをしばしば経験します。日頃から胃腸の丈夫でない人は、反対に便がゆるくなったり、下痢になったりします。
朝から晩まで便通が気になって仕方がない、中にはそんな人達もいます。

ちょっとした体や心の異変が、胃腸の蠕動運動に影響を与えます。ストレス性の胃潰瘍はつとに有名ですが、大腸の状態は便通に表れます。
便通は全身の状態に、その時々の生活状況に大きな影響を受けると考えられ、もう一つの体調のバロメータです。

食べたり飲んだりした物は、体の中で使われるととも、不要になった物質は体の外に排泄されます。
疲れた体は疲れる前の、元気な状態にまで回復されなければなりません。

病気があればもちろんのことですが、このように病気の有る無しにかかわらず、体はいつも最良の状態に維持されるという働きがあってはじめて、健康に生存することが可能となります。
そのためには、体内に生じた不要な物質、残存した老廃物を全てスムーズに対外に排泄して、いつも空っぽの状態にしておく。

つまり一定の良好な内部環境を維持し続けることが大切です。
たとえば腎臓の機能が低下して腎不全に陥った場合、透析などの治療を行います。血液中にたまってしまった不要な物質を放置しておくと、命に関わってくるからです。

以上のように、飲食することによって、体外から体内に取り入れた飲食物は、体内で必要な分だけが消費され、余った部分や消費される過程で生じた不要な物質は、尿や便や汗、呼気などにかえて、体内から体外に出してしまうという基本的な仕組みがあります。

このような仕組みがあってはじめて、健全に生きていくことができる。古代人はこのような働きと力をこそ、命として認識しました。

→便通は体調のバロメータ - 体は“空(から)だ”・2へ

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